「戦争を美化する動きがある」(池上彰)
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ダニエル・H・ディソン氏が建立したマバラカット西飛行場跡にある「特攻隊記念碑」
平成12年10月25日、フィリピンではパンパンガ州マバラカット、タルラック州バンバン、同州カパスの3か所で、「神風特別攻撃隊」はじめ戦没者の慰霊祭が挙行された。
昭和19年10月25日、関行男大尉の率いる神風特別攻撃隊「敷島隊」の5機は、フィリピン・ルソン島西部のマバラカット飛行場から出撃しレイテ湾のアメリカ艦隊に突入していったのである。
この特攻攻撃を皮切りに、終戦までに陸海軍合わせて3375機の特攻機が出撃し、4279名の命が散った。
最も特攻攻撃を受けて沈没・損傷した連合軍艦艇は350余隻を数え、連合軍将兵を震え上がらせた。
神風特攻隊は戦後日本では”戦争の悲劇”の代名詞としか語られない。
ところが”カミカゼ”を生んだフィリピンではまったく違っていた。
式典に参列したダニエル・H・ディゾン画伯は静かに語る。
「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。
同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを”誇り”に思っています。
当時、白人は有色人種を見下していました。これに対して日本は世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです。
神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による最後の”抵抗”だったといえましょう。
神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか敬っていただきたい。これは私から日本の若者たちへのメッセージです」
同じ日、タルラック州バンバン村でも神風特攻隊の慰霊祭が行なわれた。
この村も地元住民は村を挙げて日本の慰霊囲を歓迎した。
帰路につこうとする我々を子供達は「日の丸」の小旗をちぎれんばかりに打ち振って見送ってくれたのである。
日本人参列者はこの光景に胸を詰まらせていた。頬を濡らす者もいた。
その中の一人が続けた。
「フィリビンにも”英雄”はたくさんいます。ですから私達も神風特攻隊という日本の”英雄”をたいへん尊敬しています」
私は学生達にもう一度訊いた。
「君達は、カミカゼのパイロットを尊敬しているのですね」
「もちろんです。だってあの人達はヒーローですもの」
(2000年12月20日号 SAPIO(小学館)「日本軍-もうひとつの真実 ジャーナリスト井上和彦」)
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戦後の日本人以上に特攻隊を尊敬する人がフィリピンにいた。
戦後日本人の典型の池上彰がこう言った。
「私達日本人にとって、8月というとやはり戦争の事を考えざるを得ない季節ですよね。そして戦争を知る人がどんどん少なくなってくると、何かこう、戦争を美化する、そういう動きがあるんですね」
「戦争美化」はよく聞く言葉である。
主に反戦の反日左翼が使う言葉で、愛国者の保守派は使わない。
よく日本軍の真実を書くと「戦争美化」と言われる。
しかし、それは「戦争」を「美化」しているのではなく、日本軍の真実を書いているだけである。
真実を書くと美化と言われる。
つまり日本軍の戦いは潔く美しかったのだ。
他国の人が褒めてくれると言うのは間違いないことである。
結局、戦争美化はやっかみ、ひがみの類である。
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Source: 日本人よ誇りを持とう




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