誇り高い日本人、C.Wニコルさんが亡くなられた。
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平成28年、ニコルさんが、天皇皇后両陛下を長野県の「アファンの森」にご招待
C.W.ニコルさんが4月3日に亡くなられた。
日本人が大変な時に、いつも手を差し伸べてくれたのがC.W.ニコルさんであった。
昨年の大規模な被害をもたらした台風19号、千曲川の堤防が決壊して周辺の住宅は跡形もなく流されて、子供達の通っていた保育園も再建の見通しが立たない中、ニコルさんが現地に行って子供達を励まそうと、サンタに変装してプレゼントを贈った。
また、東日本大震災では被災した子供達を、荒地を30年かけて手を入れてつくった「アファンの森」に招待して励ました。
同じく被災した宮城県でも、自然の驚異に立ち尽くす子供達を励ますため、また地域を復興させるため、森の学校づくりを思い立ち、「森は甦る」をテーマに、子供達に「魂の授業」を行った。
この時、学校の授業では決してやらない「子供達の生きる力を育てる」という目的で土日を利用して課外授業「森と海の学校」を行い、震災で電気・ガス・水道が使えない暮らしが3ヵ月続いたこの地域で、自然があれば生きることが出来る自然の知恵を子供達に身をもって学ばせた。
そして、C.W.ニコルさんと言えば、我々日本人として忘れてはいけないことがある。
地中海にマルタ島という島があるが、そのカルカーラの丘の英海軍墓地の一隅に、「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」が建っている。
時代は第一次世界大戦、帝国日本は連合国の輸送を護衛するために、巡洋艦「明石」と駆逐艦8隻からなる「第二特務艦隊」を地中海に派遣した。
現地に着くと、連合国の被害は甚大だった。
長期航行で体力的にもきつい中、帝国海軍に休養も取らずに直ちに護衛するように要請された。
要請は「被害を受けた艦船の救助活動」であった。
戦闘中の救助作業は自らを危険にさらすため誰もやりたくない作業であった。
しかし帝国海軍は確実に救助を行った。しかも多数の救助者により艦内の食料や水がすぐに底をつき、日本兵は自分達の食料や衣類や寝場所まで彼らに与え、自分達は空腹と不眠不休で救助作業に当たった。
今の日本では全く教えられないが、この時の帝国海軍の活躍は「さすがは日露戦争で勝利した日本軍」と世界が目を見張った。
大正6年5月、帝国海軍「榊」と「松」の駆逐艦2隻は、魚雷攻撃を受けて沈没していく兵員輸送船「トランシルバニア号」の救援に駆けつけ、敵の潜水艦の目前で、敵と戦闘しながら、乗員約1,800名を救助した。
これは奇跡ともいわれる常識破りの救助で、帰港したイタリア・サボナでは日本兵を「英雄」として大歓迎した。
大正7年、駆逐艦「桃」と「樫」は、魚雷を受け自力で航行出来なくなった英船「パングラス号」を不眠不休3日3晩、戦闘しながら、しかも潜水艦に襲撃される危険も恐れずに同船を曳航してマルタに無事届けた。
この快挙にマルタの町は感極まって「日の丸」で迎えた。
また、英船「カメロニアン号」にドイツ潜水艦が魚雷を発射、帝国海軍は発見が一瞬遅れたため駆逐艦はそのまま全力で突入、自らが魚雷の犠牲となって輸送船を守ったのだ。
帝国海軍のあまりの勇敢さに、世界中から称賛され、英国では帝国海軍を「地中海の守護神」と称え、英国国王自ら日本兵に勲章を授与し、英国議会では日本語で「バンザイ三唱」も行われた。
これの任務の中で尊い犠牲もあった。「榊」が潜水艦Uボートの雷撃を受けて大破し、59名が戦死。また他の戦闘では78名が戦死した。
しかし、この帝国海軍「第二次特務艦隊」の栄誉と勇敢さが称えられ、大正7年にカルカーラの英海軍墓地内に大理石の墓碑が建立された。
これが「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」である。
大正10年4月、皇太子であった昭和天皇が欧州にご訪問されるが、真っ先に向かったのがマルタの地で、この墓碑に御親拝なされ、花輪を供えて英霊を慰められた。
この時、マルタは「日の丸」と皇室の「菊の御紋」で溢れかえった。
C・W・ニコルさんは『日本海軍地中海遠征記-若き主計中尉の見た第一次世界大戦-』の解説で、こう書いている。
「80余年の時を経て今、海上自衛隊がインド洋に派遣されているが、派遣の是非を論じる前に、世界が称賛したこんなに勇敢で誇り高い日本人がいたという事実をもっと学んで欲しい」
ニコルさんはこの本の印税を全額、マルタの碑の維持費に寄付した。
英国生まれのC・Wニコルさんは平成7年に日本国籍を取得したが、その理由をこう語っている。
「日本が私の家であり、もっとも愛する国だからだ。どの国にもまして私は日本でいちばん多くの時間を過ごしている。家族も友人も世界中にいるけど、私のいちばん親しい人たちはほとんどが日本人だ。
日本は私に衣食住を与え、移動を許し、私を守ってくれる。こう言うと、よく『日本のどこがそんなにいいんですか』と尋ねられる。そう聞くのはいつも決まって日本人だ。私はこれからも誇り高き日本人として、精いっぱい生きていきたい」
79歳で亡くなられたC.W.ニコルさん。
日本人以上に日本人らしいニコルさんを見習って、我々も「誇り高い日本人として、精一杯生きていこう」ではないか。
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Source: 日本人よ誇りを持とう









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