軍事を否定する日本の風潮は、日本人の魂を奪っている
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特攻敢行した沖縄の軍神 戦争、軍事を否定する風潮は日本人の魂奪う
靖国神社の遊就館に石垣島出身の「軍神」とうたわれた人の写真(上)がある。
1945年3月26日、沖縄戦の特攻第1号として部下とともに石垣島から10機で出撃、慶良間諸島沖で米空母に体当たり攻撃した伊舍堂用久中佐(いしゃどう・ようきゅう、当時24歳)だ。
自らの運命を予見するかのように空を仰ぐ姿は、当時の新聞に掲載されたものだという。打ちひしがれていた当時の国民に、沖縄の軍人が敢行した特攻は強いインパクトを与えた。
伊舍堂中佐は小学校まで石垣島で過ごした。陸軍士官学校を卒業後、航空隊で中国戦線を転戦し、45年、「誠第17飛行隊」の隊長として石垣島の基地に配属された。
「自分の故郷は自分で守る」と意気込んでいたと伝えられる。
関係者の回想によると、まれに見る部下思い。地元に住む家族が手作りのごちそうを持参して会いに来ても、「部下の手前、忍び難い」と拒み通したという。
家族思いの一面もあった。自らが指揮する編隊が台湾に向かうため石垣島上空を通過した際、航空機を生家の上空で旋回させ、通信筒を投下。中には父宛てに「お元気で」と記した手紙があった。
特攻を前にした中佐の辞世の句を紹介する。
「指折りつ 待ちに待ちたる機ぞ来(きた)る 千尋(ちひろ)の海に散るぞ楽しき」
典型的な日本の武人として、故郷を守るため従容として死地に赴いた。戦死時の階級は大尉。特攻後、2階級特進した。
現在の石垣島、さらには沖縄で、中佐はほとんど忘れ去られている。
中佐のおい、伊舍堂用八さん(75)は「沖縄ではみんな『軍人は悪』というイメージしか持たない。沖縄戦の特攻を知らない人も多い」と話す。
沖縄戦が終結した6月前後に石垣島の各学校で行われる「平和教育」は「戦争の悲惨さ」を強調するだけだ。
米国同時多発テロの当時、用八さんは居酒屋で「特攻隊はテロリストだ」と観光客が話すのを聞き、「そうではない」と口論になった。
戦争や軍事に関係するものをすべて否定する風潮が、日本人から魂を奪い去りつつある。
(2013.5.16 ZAKZAK仲新城誠)
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沖縄では平和式典で決まって言うことはこれである。
「沖縄戦の悲惨な歴史を二度と繰り返さず、平和な沖縄にする」
NHKも言う、TBSも言う、朝日も言う、反日左翼も言う。
しかし彼らはシナがウィグルやチベットでやっている虐殺、民族浄化に対しては「シナによる大量殺害という悲惨なことを繰り返させてはいけない」とは言わない。
日本のことは悪く言っても、シナのことを悪く言わない。
しかし保守派は沖縄戦を「悲惨な歴史」とは言わない。
上の記事にあるように、沖縄戦では特攻隊として国を守る英霊がいた。
命を賭けて国のために戦った軍人、そして民間人に感謝を捧げる。
日本人として、人間として、大切なのは国を守る崇高な方々に感謝することである。
戦争をすれば悲惨なことが起こるのは当たり前である。
悲惨、悲惨、だけでは国は守れない。
そういう次元を超越して、命を捧げて国を守るから尊いのである。
反日左翼はこれがわからない。
「不戦の誓い」「悲惨な戦争は二度としない」と言っているだけでは国は守れない。
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Source: 日本人よ誇りを持とう



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